花束、というものは、どうしてこうも否応が無いんだろう。
(幸せそう、だ)
駅のホーム。人ごみの中でも判る、そう大きくもなさそうなそれには、向日葵らしきものが混じって見える。全体に明るい黄色系の束。
あからさまな仏花でない限り、花束を持ち歩く人間というのは、本人かその関係者に何か喜ばしい事があったのだと連想させる。既に起こったのか、若しくはこれから起こるのか。どちらにしても、単純な美しさや香りだけでなく、その持ち主の幸福感を纏う空気は、自然周りの眼を引いた。
(…それでなくても目立つのに)
相も変わらず。そう思ったのは、花束を持つその人が、良く知る人物だったからだ。
かつての彼がそうであったように、現在進行形で、主に女性の視線を集める青年は、高校時代の部活の先輩だった。
自分はと言えば、乗った電車がホームに今さっき到着して、本当はもう、減速する車の中で、他に混じって電車を待つその人に気付いていた。
電車を降り、1、2車両通り過ぎた分戻って声を掛けようと足を向けて、
(、と)
躊躇した。
のは、
「…おー、電車来た今」
列の後方、まだ歩き出さないその人が、花束と反対の手にスマホを持っていて。微かに耳に届く話し声。
(…あ、)
見覚えがあった。話をする横顔。
初めはもう何年も前、数度。だが覚えている。忘れていない。
部室。合宿。学校行事。卒業してからは、年に数回の飲み会で。
向かう相手は、記憶の中で、いつも同じ。
…あぁ、だからか。
(だから誰も声をかけねぇんだ)
掛けられないのだ、誰も。電話中だとかそういう理由では無くて。
これだけの数の人間が、これだけ強く惹き付けられていて尚。
あんな顔をしている人には。
「うん、すぐ帰る」
こちらがハッとしている間に、その長い脚はかるやかにホームを蹴っていた。
「待ってて」と聞こえた後の言葉は、発車のベルに掻き消されたけれども、あの人が呼び掛けてあの人が帰るのに、一人しか思い当たる所が無くて。
(っあ)
気が付いたら、動き出した電車のドアの向こうで、彼が驚いた様な顔でこちらを見ていた。
(わ、)
慌ててぺこりと頭を下げると、彼は笑ってスマホを持った手を振って寄越して。
そしてすぐ、その姿は線路のカーブに見えなくなった。
ヴヴヴ、
「ぅわっ」
尻ポケットの中、スマホの振動に驚いて、思わず声を上げてしまう。
タイミングから、まさか彼かと思ったが、取り出して繋いでみると、
『もしもし迅!?オレ~!』
「利央…」
こいつのタイミングも、何だかんだ奇跡的だと時々思う。
(きせき)
ミッション校時代、折々に学んだ言葉。
奇跡か。そりゃ良い。
思ったら、何だか気持ちが晴れやかで、こっちの反応そっちのけでワアワア喋るのに口を挟んだ。
『でさぁ、』
「なー」
『え、何?』
「オレ今駅なんだけどさぁ」
『うん』
「慎吾さん見ちった」
『えマジで?』
間髪入れず続いた『準さんは?』の台詞に笑ってしまう。
やっぱりそう来るか、と思いながら、でも仕方がないよな、とも思う。
だって、
「準さんは、慎吾さんを待ってるよ」
彼のあの花束を送られる相手が、
他に思い当たらないのだから。
<私はあなただけを見つめる>
一年生から見る島準もよいものですね。