指先に、冷たい痛みが張り付いた。
濡れていたのか、指、と思うのとほぼ同時、
「は?」
低い声で問われた。
自分の手元から眼を離せば、足元に座る同輩。コンビニの駐車場、車止めにだらしなく腰掛けるそいつを、こちらは立っている分、自然見下ろす形になった。見上げて来る顔に上手い具合に影が落ちていて、太陽を背にしている自分を自覚する。あるいは故意に日除けにされているか。こいつの事だ、なくはないな、と思う。
なんて、とまた低く発された声色があからさまに不穏で、顰めた顔が逆光の所為でないと知った。
ちりと指先が痛んで、あぁ、忘れていたと再び手元に眼を戻す。上の空で問い返した自分の声は、相手とは対照的に、まるで能天気に聞こえた。
「何が」
「今言ったろ。何て?」
「…あ?ああ」
冷たい表面は、霜でびっしり覆われている。放そうと試みた指は、予想通り、離れたがらずまた痛んだ。
あーあと、さほど深刻でなく思い、少しずつ引き剥がしに掛かりながら、促されるままに「だから」とさっきの言葉を繰り返す。
「強いもんの方が折れやすいよなって」
言って、それなりに苦労して霜から剥がした左中指を見る。
どうやら軽く凍傷気味な様だ。
「…何で」
「は?」
何言ってんだ、とチラと見ると、向けられていた視線。
責めると言うより当惑していて。
問う本人が、その割に聞きたく無さそうで、一瞬返答したものか困る。
「、普通そうだろ」
「何が」
「柔らかいもんは折れねぇ」
折れられねぇだろふつーだろ、と念押して。
普通だよな、と、心の中で自分にも。
「…」
オレの言葉に、そいつはゆっくり視線を落とした。じりじり焼けたアスファルトまで。
同時に、不穏な言葉もぷつりと止まる。
それはまるで不機嫌な様に、拒否的な様に、
(…何に傷ついてんだこいつは)
普段、人一倍常識的で安定して見える友人。
ごく稀に漏れる繊細が理解らない。
(つか、何の話だった)
オレの方が混乱させられている。
思って、でもすぐに思い出した。ああ、
(これだ)
手にしていた物。細長いそれの両端を持って、振り上げる。
軽く曲げた左腿へ、
ぱきり
ねっとりと湿気た空気の中、澄んだ音を立ててそれは割れた。
どこにでもある安物の棒アイス。
良く凍らすと、中心から割れる様に出来ている。
(お、成功)
二言、三言の会話の間に霜は融け、薄っすら汗をかき始めていた割に、アイスは真ん中から綺麗に真っ二つになり。
割れた音は決して大きくなんかなかったのに、こちらの方が愕く程大きく、びくりと跳ねた茶色い頭。
「…半分食う?」と聞いたのに、俯いたまま無言で首を振る顔には、オレの作った影の所為では無く、やはり少なからず陰りが見て取れて。心なし青褪めた頬に、今度こそはっきり拒絶も感じたので、ならいいわと、片方をぱくりと銜えた。
オレの体温で融け掛けた乳白色の氷砂糖は、どこか薬臭く甘い。大して美味い物でもないのに、どういう訳かこの季節には恋しくなる。
飾り気も可愛げも甘さも、致命的に不足しているはずなのに。
(…まだ夏はこれからなのに)
場違いに間抜けなコンビニの退出音が聞こえ、店から吐き出されて来た集団の中に、後輩の目立つ大笑い。
眼下で、今度は小さくぴくりと震えた肩を無視する。
どうせあいつらが辿りつく頃には、『人一倍常識的で安定した島崎慎吾』が顔を上げ、何事も無かったかの様に笑っているだろう。
残ったのは、指先に感じる、季節外れの霜焼けだけで。
不毛。思いながら、無駄に強い日差しを仰いだ。
今日はやけに暑い。
永遠の発展途上であり、慎吾さんの数少ない隙。