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No One Knows.
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〈BGM:恋と熱病〉
”何処にも行けない私をどうする?”

島準の痴話喧嘩と巻き込まれる利央。
いちいち実感する価値観の違いがもどかしく、尚の事求めさせられる。

 

 

 

 

 

 カミサマ。誓って言える。

 オレは断じてムジツです。

 

 

 

 

 

 「慎吾さんはオレと利央とどっちがかわいんスか!!」

 

 「え、そりゃ」

 

 

 断じて、

 

 

 

 

 

「利央」

 

 

 

 

 

 …カミサマ!

 

 

 

 

 

【挙句の果て、】

 

 

 

 

 

 「…んってコトゆーんスか…っ」

 

 「あ?」

 

 「準サン超怒ってたじゃないスかぁ!」

 

 気付いた時には遅かった。

話に夢中になる内に、いつの間にか三人だけ残った部室。昔馴染みの先輩投手は、野球部の癖に昔からキャッチボールにならない会話をする人で、にも関わらず、会話の相手は手馴れた調子でのんびり話を進めていた。すげぇなぁ、と思っていたら、あれよあれよと言う間に会話の流れがおかしくなり、気が付いたら準太の口から何故だか自分を巻き込んだとんでもない質問が飛び出していた。

 慎吾のあっけらかんとした返事を聞いた準太は、パクパクと口を開いて顔を赤く青くして。「…慎、吾さんの、っ」と捨て台詞めいたものを吐きかけて、結局尻切れトンボに、吐ききらず。俯きがちに一度強く唇を噛んで、ふらりと後ずさったかと思ったらそのまま踵を返して、周りも見ずに、何やらあちこち物をなぎ倒しながら、逃げる様に部屋を出て行った。

 

 

 (…“にげる”?)

 

 

怒りの矛先がこちらに来る。

 いつも通り、そう思ったのに、今日に限って目もくれず。

 

 

(…“何”から?)

 

 

 あの人が。あんな、人が。

やたら大きな音を立てて閉まったドアを見送り、その余韻を聞きながら、初めて見た、と思う。負け試合の後隠れてする悔し泣き以外で、泣きそうな顔。

 コロコロと足元に転がって来た、誰かが忘れたのだろう制汗スプレー。溜め息を吐きながら拾い上げて、振り返った。開いたままのロッカーの前に立つ慎吾は、慌てる様子も無く携帯電話を弄りながら、「んー…つい」と、相も変わらず気の無い返事を返して寄越した。

 

 

「いやついじゃなくて…どうすんスかアレ!」

 

「は?何が」

 

「準サンに決まってんでしょ!?あんなコトゆって、」

 

「あんなことー?」

 

「準サンよりオレのがカワイイとか、」

 

「あーそれなー」

 

「ありえないでしょそんなん!」

 

 

悠長な態度に、理不尽にも勝手に当事者にされてしまった自分の方が、何故か焦ってしまう。

二人の関係性ならば、高校に入る前から心得ている。慎吾が準太より自分を可愛いだなどと、いくら感情的でヤキモチ焼きの準太でも、本気で思った訳でもないだろうに。その上、準太より遥かに大人で冷静な慎吾まで、あっさり買い言葉を返した。更に、当然何かの間違いで、フォローに当たるだろうという利央の予想と期待を裏切る、慎吾のこの呑気な振る舞い。

早く準太をどうにかしないと。自分の付き合いの方が長いからだろうか。絶対に、そう思うのに。

 

 

「いやー?お前の方が可愛いよフツーに」

 

 

あろう事か、返って来た返事は、訂正のそれではなかった。

 

 

「…はあ!?」

 

「どっちが“可愛いか”って訊くアイツがわりぃ」

 

「…え、」

 

 

変わらずこちらを見ない慎吾は、変わらず落ち着いた様子で言って。自分はと言えば、彼の言う理屈が解らない。

自分と『どちらが可愛いか』、『どちらが大事か』、『どちらが好きか』。いつだって何でだって、誰にとっても重要な事じゃないだろうか。

 

 

「…“どっちがカワイイか”、は、駄目なんスか」

 

「あー…アイツの“可愛い”とオレの“可愛い”の意味合いが違い過ぎんだわ」

 

「…?それって、どーゆー、」

 

 

自然首を捻って、恐る恐る尋ねれば、足元でヴヴ、と、多分携帯電話のバイブレーションの音が鳴って、初めて慎吾がチラリとこちらを見た。釣られて自分も見れば、利央の膝元、ベンチの上に捨て置かれた、準太のエナメルバッグ。

 

 

(…あぁ、荷物も持たないで、)

 

 

はあ、と小さく溜め息が聞こえて顔を上げれば、バンと、そう強くはないが音を立ててロッカーが閉じられて、ビクリとした。

 

 

「“可愛い”、だけなら」

 

「へ、」

 

「楽なんだけどなぁ」

 

「…え?」

 

 

それってどういう意味ですか、と尋ねる前に、「はは、お前とんだとばっちりな」わりぃね、と緩く笑って言われた。

自身のバッグを肩に斜め掛け、擦れ違いざま、当たり前みたいに準太のバッグを掠め取って、出口へ向かう。追いかけるのか、と思い背中に声を掛けた。

 

 

「慎吾さ、」

 

「やーでも、アイツでも“どっちが”とか考えたりすんのな」

 

「…そりゃ、準サンだってフツーに、」

 

「つか“どっちが”とか、それこそ“どっちが”」

 

「へ」

 

 

は、と短く鼻で笑った笑い方が聞き慣れなくて、既に出口の扉を開けている慎吾に思わずまた聞き返す。

 

 

「え、それってどうゆう意」

 

「じゃな、利央」

 

「へ!?」

 

 

あとよろしくーと、肩越しに、半分振り返った顔が逆光で見えない。辛うじて、薄く笑った口元だけ見て取れた。

 

 

(…どこに)

 

 

パタリと静かに閉じたドアと同時に、軽く腰が抜ける感覚。

腰掛けたベンチがギシ、と軋んだ。ああ自分緊張してたんだ、と思う。

 

 

(さがしに行ったんだろう、あの人、)

 

 

準サンを。

持っていたスプレー缶をベンチに置いたら、知らず手の平にジワリと汗を掻いていて。握って開いて、もしかして慎吾さんあれ何か怒っていたんだろうか、と思った。

 

 

(…オレは無実だ)

 

 

自らに言い聞かせながら上を仰げば、人の手が届かない、ほぼ清潔なままの灰色の天井。

 

 

 

 

 

(…カミサマ)

 

 

ほとんど無意識で胸元を探ると、指先に触れたクロスがいつもより冷たい気がして、ぶるりと震える。

 

 

 

 

 

誰か助けて欲しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(この手のひらの珠とする)

島準において、利央の存在はいつでも特別なんだと思います。

 

 

 

 

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